このチャネルでは、京都の祭り・伝統行事をお届けします。
北野天満宮・梅花祭 京都上七軒の 芸妓・舞妓による野点 2月25日は、903年に太宰府で死亡した菅原道真の命日にあたります。道真が生前めでたと伝えられる梅の花が奉納されます。 また、地元の上七軒の舞妓や芸妓による野点の茶会が開かれます。
下鴨神社・流し雛 雛人形を川に流して厄を払い、無病息災を祈願する行事です。下鴨神社の流し雛は境内を流れる御手洗川で行われます。さんだわらに乗せた雛を流して、子供達の無病息災を祈ります。
法輪寺・芸能上達祈願祭における奉納狂言 音楽や技芸の上達を祈願する行事です。法輪寺の本道で法要が営まれた後、茂山社中による狂言が奉納されます。
嵯峨清涼寺・大念仏狂言 3月15日の清涼寺の涅槃会行事の一貫で、この日のお松明は、京都の三大日祭りのひとつに数えられています。また、この日に行われる嵯峨大念仏狂言は、市の無形民族文化財となっています。
随心院・ 小野小町を偲んで・はねず踊り 梅の開花時期に、山科の随心院で、披露されます。随心院は 小野小町ゆかりの寺で、、深草少将が小町の元へ通い詰めた百夜通いの伝説が残っています。
今宮神社・ やすらい祭 今宮神社境内にある疫神社の祭礼で、京都三大奇祭のひとつに数えられています。平安時代、桜の花が散る頃になると疫病が流行したので、疫神を鎮め無病息災を祈願したのが始まりと言われています。
壬生寺●壬生狂言・春の公開 壬生狂言は、鎌倉時代、円覚上人が融通念仏を聞き取ることができない民衆のために、仏教の教えを無言で動作に仕組んだのが始まりとされています。30番ある演目の中から、毎日5番を上演しますが、連日最初に行われる「崩落割り」は、節分の日に奉納された崩落を割る厄除けの行事です。
松尾大社の神幸祭における船渡御 松尾大社の千年の伝統のある例祭です。 神幸祭の当日は、松尾7社の神輿が氏子町を練り歩いた後、七条通の桂大橋上流付近では、船渡御が行われます。
千本閻魔堂の大念仏狂言 差が大念仏狂言と共に、京都三大狂言のひとつに数えられています。他の狂言が無言劇であるのに対し、千本閻魔堂の大念仏狂言は、有声です。
藤森祭●駈馬神事 藤森祭は、藤森神社の祭礼で、 深草祭とも呼ばれています。当日は、室町時代から御所警護の武士が奉納した馬術の再現が行われます。騎手が境内の馬場で「立ち乗り」「逆乗り」「藤乗り」「手綱潜り」といった技を披露します。
京都三大祭のひとつ・葵祭 京都の三大祭の最初を飾る葵祭は、毎年5月15日に「路頭の儀」(行列)が行われます。 平安朝の装束の行列(総勢約500名・長さは約700メートル)が、京都 御所を午前10:30 に出発し、下鴨神社を経て上賀茂神社まで歩きます。 葵祭の始まりは西暦540年頃といわれ、源氏物語にも登場しています。
嵐山の三船祭 車折神社の例祭です。正午から神幸祭が営まれ、午後1時頃から 神幸列が車折神社を出発、午後2時頃から嵐山で、「船遊び」となり、王朝の優雅な遊びを再現します。
「貴船祭」での出雲神楽 貴船祭は、貴船神社の例大祭です。 この日奥の院では、午後4時すぎから、千度詣と、出雲神楽の奉納が行われます。
鮎のシーズンの到来を告げる嵐山・若鮎祭 京都嵐山では、6月、恒例の若鮎祭が行われます。これは桂川の鮎のシーズンの到来を告げるものとして、桂川の横・嵐山公園で行われた鮎の試食会です。
鞍馬寺●竹伐り会式 (たけきりえしき) 平安時代初期、峯延上人が山中で修行中に、大蛇に襲われたものの、これを法刀で退治したという故事にちなんだ行事です。 峯延上人は、鞍馬寺の開祖です。鞍馬法師8人が、近江座と丹波座の2組に分かれ、大蛇に見立てた青竹を山刀で三段に切断する早さを競います。勝った方の座が、その年、豊作になると言われています。
京都の夏の風物詩・祇園祭●祇園祭は7月1日の吉符入から31日の夏越祭まで1ヵ月にわたって行われます。
「五山」の送り火のうち、嵯峨の蔓茶羅山の「鳥居形」 「大文字」の送り火として全国的に知られている京都の夏の風物詩ですが、「大文字」の送り火だけでなく、「五山」の送り火といい、8月16日の夜8時から京都の三方を囲む山々に次々と点火されていきます。 映像は、嵯峨の蔓茶羅山「鳥居形」と広沢の池での灯ろう流しの様子です。
松尾大社・八朔祭 (はっさくさい)●念仏踊り 陰暦では8月1日を八朔といいます。八朔祭 (はっさくさい)は、五穀豊穣、風雨安穏、家内安全などを祈って行なわれます。最後に行なわれる(pm4.00〜)念仏踊りは「嵯峨野六斎念仏」と呼ばれ、重要無形民俗文化財に指定されています。
北野天満宮のずいき祭 ずいきとは、芋茎、つまりさといもの茎のことです。ずいき祭は 、北野天満宮の秋季大祭で、そのづいきで屋根を作った神輿が氏子町内を練り歩きます。